真宗大谷派 専念山 正法寺

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寺だより

もう一度、「南無阿弥陀仏」を!坊守仏ぶつ日記2020年10月05日


以前紹介した、土井善晴著「一汁一菜でよいという提案」のことを再び考えています。


そして、この本は誤解され易い本だと気づきました。


「一汁一菜でよいという提案」という名前だけ見てしまうと、「粗食のススメね」、とだけ思われる可能性もあります。
 
勘違いされる原因に、一汁一菜という言葉が「単純すぎる・明快すぎる」というのがあるのではないか?


と思います。しかもこの本は、最初の方で結論から書かれています。


「毎日、毎食、一汁一菜でやろうと決めてください。考えることはいらないのです。(省略)


「それでいいの?」とおそらく皆さんは疑われるでしょうが、それでいいのです。


わたしたちは、ずっとこうした食事をしてきたのです。


(「一汁一菜でよいという提案」より)


最も大事で伝えたいことを、最初に言われているのです。


大事なことを最初に言う?これ、どこかで聞いたことがあります。親鸞聖人の「正信偈」です。


親鸞聖人が書かれた「うた」であるところの「正信偈」


その冒頭は、


「帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい) 南無不可思議光(なむふかしぎこう)」


という文句で始まります。ラブレターだとするなら、いきなり「あなたが好きです」


と結論から書くようなもので、この二行にはすべてが入っています。


この二行は「南無阿弥陀仏」という言葉と同等だから、「ナムアミダブツ」でよいという提案でもあるでしょう。


「それでいいの?」とおそらく皆さんは疑われるでしょう?というところも人間の「疑」という問題において近いのです。


どうしても人間は疑います。「南無阿弥陀仏だけでよい」なんてすぐには信じられないのが人間です。


土井先生の本に戻ると、「一汁一菜でよい」とすぐには思えないのが人間です。いや、そうではないよ。


わたしの経験と、身体で受け取ってきた感覚でそれを証明できます。というのが土井先生です。


先生は「よいものは軽くてシンプル」ということをよく仰います。


だからこそ述べられる結論はいたって明快なのです。


ただし、そのあとは深く広い世界が広がっている本です。


文章も論理的なものが続くので、一度読むだけで直ぐ全ては理解できません。


一方、たくさんの経典を読み、そこからの解釈を伝えてくださった方が親鸞聖人です。


その真実を「言葉」だけで理解していくのはなかなか困難なことです。


でも、本当はまず「南無阿弥陀仏」と称えてみるだけでいいのでしょう。まず自分が。一人で。


同じように「一汁一菜」を作ってみればいいのでしょう。


まず自分が。一人で。でもできないのです。「疑い」があるから・・・。


土井先生は言われます。


「今は何でも専門家でなければその道のことをやってはいけない、話してはいけないようになっています。」と。


専門家に感動し、自分もやってみよう、そこでの経験を表現してみよう、でよいのです。


先生が著書で伝えているのは、身体感覚を信じよ。ということだとも思います。


だから土井先生は四の五の言わずに家庭料理作りに徹してきた「お母さん」への信頼が深いのです。


まず作ってみる。まず、念仏してみる。そして、そこから深く広がっていく世界の深さを、訪ねてみませんか?

「南無阿弥陀仏からはじめよう」坊守仏ぶつ日記2020年10月05日

題名のある連載を始めることにします。一回目は「南無阿弥陀仏からはじめよう」。


真宗門徒からお念仏の声が聞こえなくなったと言われるようになりました。


世代の違う家族が共に暮らさなくなっているのですから、


お念仏が伝わらないのも仕方がないようにも思います。


そこであえて、お念仏する習慣のススメ、をします。



 ご自宅のお内仏(仏壇)の前でお参りをされる際、


声に出して「南無阿弥陀仏」とお念仏されていますか?


「南無阿弥陀仏」は称えたから病気が治るとか、運がよくなる、というようなものではありません。


ではどういうことか?というのはおいおい考えていくとして、


まずお念仏を声に出してみよう、ということを提案します。


「何回称えるのですか?」と聞かれることがありますが今回は、


息が続く限り称えてみる、身体の中の空気が出てしまうまで言い続ける方法をおススメします。


言い方は「ナムアミダブツ」でも「なまんだぶ」でもよいでしょう。


お念仏をしたら何か変化が起こるというわけではないと書きましたが、


身体の中にある空気を全部出してしまうことはその後の「吸う」動作に少なからず影響を与えます。


それがどんなものかは、まず声を出してお念仏してお参りしてみなければわかりません。


まず兎にも角にも声に出してお参りする。


朝夕に正信偈を読むのが難しいという方でも、これならできるのではないでしょうか。


出来る限り毎日、息を吐き切る時間を意識的に持つ。ナムアミダブツと声に出してみる。



どうですか?やってみませんか?

坊守の目線で思う事つづります!坊守仏ぶつ日記2020年05月19日

これまで新聞なので載せては来ましたが、


正法寺の坊守は書くことが好きでいろんな文章を書いています。


なかなかお寺の方にはアップしませんでしたが、


この度、寺だよりの方にも載せていこうと思いまう。


とりあえず数回は、お寺の新聞に載せたものを転載いたします。




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